雑記

社会不適合者の生き方について考えてみた

こんにちは、ゆうもです。

社会不適合者」って言葉ありますよね。ネタ的に話の中で「あいつ○○だよなー」ていう人もいます。でもこの言葉を聞く度に、なんか嫌だなーって思ってしまうんです。

まわりも同調するような空気だし、一応その場では合わせるようにしているんですけど、素直に笑えず、もやもやと違和感が残るんです。

今回は、この言葉について思うことをちょっと書いてみました。

特徴

社会不適合者にはどんな特徴があるのか調べてみると、だいたいこんな感じ。

  • 協調性がないと言われる
  • 時間やルールなどの社会的な規律が守れない、責任感がない
  • コミュニケーションを取るのが苦手
  • プライドが高く、自分の非を認めない

他にもありましたが、「社会不適合者」と聞いてまず思い浮かぶイメージはこのあたりなんじゃないかと。

ざっくりまとめると、「集団」で何か物事を進めるときに弊害となるような性格、人間性といった感じですね。

不快感の原因

嫌だなーと思うって言ったんですけど、その原因を考えてみるとぶっちゃけ、

自分にも思い当たる節があるから

なんですよね。

上の特徴とか、もう調べてる段階からおなかにズーンときましたよ。これ自分のことじゃんって。

僕の場合、主にコミュニケーションや主体性の部分です。

具体的にはこんな感じ。

・サークルはなじめずに3ヶ月で全て撤退(この話はこちら↓)

・バイトや研究室の数十人規模の飲み会は会話が続かないことが不安でできるだけ行かない。

・みんなで何か作業するときに、その場に応じて適切な動きをするのが苦手。だから役割が決まっている方が良い

社会不適合というか、コミュ障ってやつですね。いや、社会不適合の中にコミュ障が含まれているのか。考えてみれば、小学生の頃から授業中に手を上げるのが極度に苦手だったり、みんなの前で発表するの(たぶん)人より異常に緊張してた。

忘れもしない、小学生のときのこと。

授業中、僕があまりにも手を上げないから、他に挙手している人がいるのに先生がわざと僕を指名してきた。一瞬で教室全体が「えっ?」て感じで固まって、みんなの注目が僕に集まった。今思い出してもぞわっとする。

女の先生だったけど、顔色一つ変えずに、けれど目の奥には怒りが燃えていたと思う。軽くトラウマ。

でも、1回くらいは発言しないとって自分の中でも葛藤はしてたんです。

この件や、大人数での飲み会もそうだけど、ずっと発言できないでいると逆に何か話したときに「うわーやっと話したよ笑」って思われるのが嫌でますます話せなくなるんですよね。

この気持ちわかってくれる人きっといるはず・・・

この「人や人前で話す」ことへの不自由さ、子どもの時はあんまり気にしてなかったけど、年齢を重ねるにつれてだんだん生きづらさを感じてきています。

あと、協調性、臨機応変にというのも苦手。

僕の場合は、イレギュラーなイベントの準備や片付けとかがきつい。

今、どこを手伝うべきか判断するのに人より時間がかかる上に、「あー、あの人大変そうだな」って手伝おうとすると「別に大丈夫」みたいになることが多い。

それを繰り返すと、うろうろして何もしてないやつみたいになる。

それが殺伐とした空気だったりしたらまじで最悪。

もう、役割決めてくれ!!!

と思う。

基本的に、仕事が決まっているor普段やってること、じゃないと上手く立ち回ることができないんですよね。

そういうわけで僕は、自分が社会不適合者もしくはコミュ障であることを自覚していて、だから、話の中でその言葉を聞くと不快な気持ちになるのです。

社会不適合者と天才は紙一重?

社会不適合者には天才が多いという意見があるけど。

社会不適合者は起業に向いてるとか、芸能人や芸術の世界で活躍する人が多い、みたいな。

でもそんなの、ほんの一部でしかないと思うんです。

「就職はできないと思ったから、フリーランス、インフルエンサーになって成功した」って人見るけど、ああいうのは成功した人が目立ってるだけで。

成功した一握りのスポーツ選手や芸能人をだけ見て、めちゃくちゃ努力すればやっぱり上手くいくんだと思ってるのと同じこと。

んで、そういうのを見ただけで「じゃあ自分も独立しよう」とか「有名人になってそれを仕事に稼いでいきたい」と考える人もいると思う。

正直、不適合者の特徴に当てはまる人の大半は(僕も含め)、だからといって何か特別秀でたものがあるわけでもないですよね。

普通にサラリーマンとかしながら、しんどい思いしながら仕事をやってたりすると思うんです。

ちなみに僕が小学生の時のスペックこんな感じ(今もだけど)。

・図工は絵、版画、クラフト系どれも下手過ぎ

・人よりかなり時間をかけて書いても、習字は下手

図工で絵を描く時間、一人一人じっくり見て回るタイプの先生。絵に自身がない僕は、後ろから先生が迫ってくるのを気配で感じてそわそわしていました。

うわ~、もうそろそろくるよー、めっちゃ緊張するー

・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・

「あれ?」・・・・・・先生は横を通り過ぎて次の人(前)のところへ

「・・・・・・・

ん?あ、ああ、見られなくて良かったわー…」

ほっとしたのと、何ともいえない悲しみを同時に覚えました。

「なんか、(こいつの絵は指導するとかそういうレベルじゃないから)別に見なくて良いや」って思ってたんだよ、あいつは。

小学生ながらに、先生でも平等に扱ってくれない事もあるって学んだ。

ただでさえコミュニケーション能力でマイナス抱えてんのに、芸術の才能も人一倍なかったのです。

そして運動音痴でもある。体育の野球(簡易的な)で、自分で球を上げて打つだけなのに全然バットに当たらないのよ。

みんな見てる中で・・・他の人は2,3回以内には打ってるのに。

もう、「天は二物を与えず」どころじゃないよね。

いや、一物ぐらいはくれよ!!

て感じ。

でも、世の中にはそんな人がきっとたくさんいるよねって話。

別のタイプ

社会不適合者の特徴に当てはまる人は、僕のまわりにもいたわけで。

その中でも、僕と全然違うタイプの人がいたので紹介。

  • 一緒に作業をするときに、ちょっともたついていたり、自分の思う通りに動いていない人がいるとすぐキレる
  • 人にはよくキレるけど、自分がミスしたときはへらへらしてごまかす。
  • 自分は仕事ができると思っている

上の特徴でいう、「プライドが高く、自分の非を認めない」タイプですね。

まず、イライラの沸点が低い。どこでキレるか分からない。普通、笑って受け流すようなイジりとか誰かのミスにもけっこうすぐキレる。

それで、仕事をする時とか

まわりは関わりたくない

誰も口出ししなくなっていく

注意されることがほとんどないから自分は仕事ができると思い込む

他人にきつくあたり続ける

上に戻る

もう、完全な悪循環ができあがっているんですよ。先輩も面倒くさいから何も言わないし。

しかも、人のことは「社会不適合かよ!」とか陰口たたくわりに、自分のことについては全く何も思ってないようで。むしろ「誰とでも話せて、盛り上げることもできて俺は超有能」みたいな感じ。

学校だからまだいいけど、会社だったら一緒に仕事とかマジでしたくない。

まあ、これは僕が知ってる中でも特にクセの強い人なんですけど。

結局何が言いたいかっていうと、やっぱり「社会不適合者」って言葉、口にするべきじゃないってこと。

僕のように、そうであることを自覚している者にとっては、心底傷つく不快な言葉です。

人間は「社会」をつくらざるを得ないのに、それに適合してないってことは「お前人間向いてねーよ」って言われてるようなものじゃないですか。

容赦なく人をつき刺している感じがします。

「障害者」「死ね」あたりの言葉を聞いてるのと同じ気持ちになるんです。

あと、プライドの高い彼のように自覚がない場合、思いきりブーメランになってる可能性がありますよ。まわりに「お前もだよ」って思われてるかもしれません。

自覚している人はできることをやってみる

もちろん、「自分社会不適合だから」ってろくに何もせず諦めるのも間違いだと思います。

臨機応変さや仕事のスピードに自信がないのなら、事前にどういう作業があるのか予習しておくとか、話が苦手だったらある程度話のネタを考えたり、リアクションはハキハキしてみたり(僕はこれをしてる)、そういった人一倍の努力はとりあえずやってみるべきです。

僕も苦手なことに関しては、人並みになるために人より時間をかけたり、準備するようにしています。

社会生活をするなら、社会不適合者が苦手とする「社会において価値のあること」ができた方が可能性は断然広がりますよね。

すぐできることをやってみるだけでも、まわりからの評価は変わって幾分か生きやすくなるのに、非常にもったいない。

やってみてどうしても無理だと分かった時点で初めて、「自分でもできる仕事を探す」という選択肢をとるべきです。